「ラストメール」 その三十二 徳満耕史著

元妻には心休まるような生活をさせて上げれなかった。
サラリーマンと結婚したつもりなのに、ある日突然脱サラすると言われ、自分のワガママに付き合わせた。
子供が小さくても、時間を見つけては会社の仕事を手伝わせた。

資金繰りに行き詰まり、子供の学資保険やお年玉を貯めていた貯金を解約させたこともあった。
子供が学校にあがると、会社に常勤してなれない会計事務や、出荷作業など業務に関係なく会社のために働らかせた。
でも、自宅の家事は決して手を抜かなかったので、体が休まる間がなかったに違いない。
会社が大きくなるに連れて、豊かにはなったけれども家族で過ごす時間は少なくなっていった。
挙句の果ての倒産である。
元妻を振り回しただけの結婚生活だった。
ジェットコースターに乗せた様な人生を強要してきたが、それをもう一度繰り返させる気にはなれなかった。
実家で、不自由なく穏やかに暮らしている元妻は、そっとしてあげたかった。

紗希が泊まりに来るその日、秀雄は道東にいた。

『今、帯広』

携帯電話からのメールは馴れていないのでやりづらい。
部屋の鍵は、郵便受けの底に、テープで貼り付けておいたから、勝手に部屋に入っていて。

『ありがとう』

じゃあ、早速秀雄さんの部屋に行かせてもらいますね。
お台所・お風呂・おトイレ、ピッカピカに磨いておきます。
私へも、携帯の方へメール下さいね。
お仕事、頑張って下さい。

今日は、紗希の手料理で一杯やれる。
きっと、至福の時だろう。
そう思うと、取材にも気合が入った。

帯広での取材先は、小さなパン屋さんだった。
お店の造りは小さいけど、お店の外には行列が出来ていた。
予め、アポイントを取っていたこともあり、店主のご主人も機嫌よくお話をしてくれた。
繁盛のコツは、お客さんの笑顔を見たいために、色々と研究することだと話してくれた。

次に、向かったのは足寄だった。
ここでの取材先は、十勝の牛乳をふんだんに使ったアイスクリーム屋さんだった。
試食に、食べさせてもらったが、こんなに美味しいアイスクリームを食べたのは生まれて始めての経験だった。
しかし、営業の方法が判らないので、販売先は自分のお店と近所のドライブインだけということだった。
こんなに素晴らしい商品がありながら、世の中の人は知らない。
それを伝えることが自分のホームページの使命だと改めて感じた。

この日の最後は、北見の木工所を取材した。
ここの木工所は長い間、観光お土産用の木彫りの熊を手彫りで作ってきた老舗だった。
一時期、一世を風靡した北海道のお土産の定番の木彫り熊が、今では凋落の一途だそうだ。
安い人件費で海外で作られたナショナルブランドの地域限定版にすっかりお土産屋さんでの居場所を奪われてしまったとのこと。

後継者になるはずの息子さんには「この仕事は将来が無い」と、継いでも良いと言ってくれたにもかかわらず公務員の道を歩かせたとのこと。

確かに時代にそぐわなくなった商品ではあるけれども、このまま伝統技術を失うのはとても惜しく感じた。
何かの制度を利用して存続出来る方法はないか調べてみることにした。

それぞれの取材に熱が入り、予定していた時間より大幅に帰りの時間が遅くなった。

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