「ラストメール」 その二十六 徳満耕史著

会社が倒産した以降、今の自分は以前とは正反対の生活をしている。
やっと食べてゆける収入でしかなくなった。
しかし仕事の後のビールがこれほど美味しかったのだといまさら知った。

いろいろな場所でホームページの取材していると、一つ一つの商品や農作物、料理に溢れんばかりの愛情を込めて作っているのかも知った。
たとえ、金銭的には恵まれなくても、幸せいっぱいに暮らしている人も多く見てきた。
ストーカーや変態オタク、モラルのないドライバー、間違った方向に舵をきったこの国の将来を案ずるようにもなった。

今の仕事は紗希が商品を選び、それを納品するだけ。

社屋の建設費も、社員の給料も、借入金の返済も、OA機器のリース代金も、車両費もガソリン代も何も必要なかった。
さほど多くない売り上げでも、引かれる費用が極端に少ないので多くの粗利益が出る。
今までの自分は、ずいぶんと多くの物を背中に背負い込んでいたんだなとつくづくと思う。
重い荷物を全部降ろした今、初めて人の幸せが何であるか判ったような気がする。
それを気付かせてくれたのが紗希だった。

期せずして復帰した以前の仕事も、ホームページの構想もようやく一段落してきた。
腕の傷も治り、指の骨折も痛まなくなってきたので、そろそろ紗希を変態オタクから救い出さなくてはならないと思い始めていた。

『そろそろ』

腕も指の怪我も痛みが無くなってきたし、仕事も順調に推移して落ち着いてきた。

『良かった』

秀雄さん病院に行かないから、指が変になっちゃたらどうしようって本当に心配していたのよ。

『約束していたこと』

例の変態オタクとそろそろ決着つけようか!

『本当なの』

すごく嬉しいけど、そんなに簡単にいくかしら?
秀雄さんの身にまた何かあったらと思うと何か複雑な気持ち。

『気にしないで』

紗希のお陰で逃げていた人生から、正面を向ける人生に戻ることが出来た。
その恩人がネットで恥ずかしい写真を晒されているのを放っておけないよ。
それに紗希のお陰で、メーカーさんもお得意先も、多くの利益を手にすることが出来るようになった。
みんな紗希には宜しくって言っているよ。
その人達の分も、紗希には恩返しをしておかないと・・・

『ありがとう』

秀雄さんがそう言って下さるのなら、ぜひお願いするわ。
その前に、一つだけ約束して。
今の彼と別れることが出来たら、今度は秀雄さんの彼女にしてね。

『それはどうかな』

俺と紗希の歳の差を考えろよ。
俺のみたいなオジサンじゃなくて、若くて誠実な男を見つけた方がいい。

『無理』

前にも話したけど、私は男の人って結局はみんな同じだと思っているの。
でも、秀雄さんだけは違う。
上手く言えないけど、暖かくて安心出来ると言うか、何も迷わずについていけるそんな人なの。

『買いかぶり過ぎ』

彼女うんぬんは別にして、紗希とは人としてずっと付き合っていきたいと思っている。
それに紗希が居なくなると、困る人が多くなったしね。
これから、ホームページを作るに当っては、いろいろと助言してもらいたいし、解らないことは教えてほしい。
これからもよろしく頼む。

『わかったわ』

じゃあ、ちゃんと彼と別れられる様にして下さいね。
その代わり私の出来る事は何でもお手伝いするわ。

『任しておけよ』

紗希は俺の後ろで、言われたことだけをやってくれれば良いから。

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