「ラストメール」 その二十五 徳満耕史著

「さすが下ちゃん、どうしたらそんなに売れ筋だけ選ぶことが出来るの?!
下ちゃんが選んで送ってくれた商品は本当に良く売れるよ。
売れなかったら店員さんにはっぱをかけなくちゃならないって思っていたけど、全然、普通に売れてるからびっくりしてるよ」

「それは良かったです。
実は、売れたからお話出来ることですが、久しぶりに仕入れに行って全然何が売れる商品か判らなくて、その日は何も仕入れ出来なかったのです。
たまたま知り合った女性に、メーカーさんで撮った商品の写真を見てもらいました。
大変無責任ですが、今回はその女性が選んだ商品だけを仕入れしました。
ですから、今回は売れた商品は僕の選んだのではなく、その女性が選んだ商品です」

「へぇー、その女性うちの店で働いてくれないだろうか。
でも下ちゃん、そんな女性と知り合えたこと自体、運が向いてきたんじゃない」

それ以来、他のメーカーさんの商品も全部紗希が選んだ。
お得意先にもちゃんと紗希が選んでいることは正直に話して了承してもらっていた。
紗希が選ぶ商品は、よく売れるので、メーカーさんにも、お得意先にも、喜んでもらえた。
また、自分に入る収入も、少しづつ増えてきた。

紗希にも、バイヤーとしての報酬を振り込むから、銀行の口座番号を教えてくれと頼んでも、頑として受け取ろうとせず、口座番号は教えてもらえないままでいた。
しかがないので紗希に内緒で郵便局に口座を作り、そこに貯金する事にした。
その通帳と印鑑は折をみて紗希に渡すつもりでいた。

最近、感じることがある。
会社が潰れる前は、一日、一週間、一ヶ月、一年の単位でいつも売り上げを比較して一喜一憂していた。
右肩上がりで業績が伸び、社員も日を追うごとに増えて行き、倒産前は名前を知らない社員もずいぶんといた。
社員が会社を支えていると言う気持ちはだんだん薄くなり、会社を動かす歯車の一つだと無意識に思っていたかもしれない。

自家用車も、最初は国産の中古車だったのが段々と大きな車に変り、外国の高級車に乗る事がステータスだと勘違いする様になっていた。
しかし、実際に乗ってみると何の感慨も無くまた次の車を欲しがった。

住んで居る家も、狭いアパートから、小奇麗なマンションに移り、次に分譲マンションも手に入れた。
マンションは、狭いし騒音も気になるからと、高級住宅地に一軒家も建てた。
仕事の内容も、汗をかく仕事はしなくなり、商品の仕入れと資金繰りが主な仕事だった。
夜は、お得意先や同業者などと共に食事をすることが多くなり、家には寝るだけのために帰っていた。

休日は、家族と過ごすことが少なくなり、ゴルフや視察と称した国内外の旅行に出かけることが多くなった。
しかし、金銭的には豊かになっても心から幸せだと感じたことはなかった。

というより、常に余裕がなく前に突き進むことしか頭の中になかった。
少しでも売り上げが落ちれば、幹部の社員を叱責した。
倒産の前の数年間は、資金繰りが苦しくなり、融資元の銀行との関係はギクシャクしだした。

グリーン・ハウスの業績悪化に伴い、受取手形の決済日までの日数が増えて、決済日前に割引せざるを得なくなってきていた。
将来を考えると、不安で眠れない夜も多くなった。
明るい雰囲気が自慢だった社風も、段々と社員から笑顔が消え、中堅社員が辞めていった。

それまでは考えられないことだった。
そしてグリーンハウスが倒れた時、秀雄の会社の灯も消えた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です