「ラストメール」 その十八 徳満耕史著

あの日から数日が経ち、右手も腫れも少しずつ小さくなり握力も戻ってきた。
ナイフで刺された傷口は強く押すと痛むけれども、思ったより傷が浅かったので、ほぼ完治した。

とりあえず簡単な仕事は出来るようになった。
なにもせず遊んでいる訳にもいかないので、新聞広告で見つけた交通整理のバイトを始めることにした。

道路工事現場で片側交互通行の交通整理。
赤旗と白旗を持って、双方向へ向かう車を止めたり、走らせたりする仕事だった。

実に簡単な仕事で気を使うことがない反面、ドライバーのモラルの低さにはかなりのストレスを覚えた。
赤旗を揚げているのに、静止を振り切って無理やり通行し、対向車を止めたりバックさせたりすることもあった。

停止しても、車のドアを開け煙草の吸殻の山を捨てて行くドライバー、ペットボトルを投げ捨てるドライバーも一人や二人ではない。

中にはわざわざ車の窓を開けて「この忙しい時に、工事なんかするなバカヤロウ」と罵声を浴びせてドライバーもいる。

馴れない立ちっぱなしの仕事で、腰が悲鳴を上げる。
北海道の夏とは言え、炎天下での長時間の仕事は気を抜くと、めまいがして倒れそうになる。
それに加えてドライバーのモラルの低さに耐えるストレスは大きかった。

大袈裟かも知れないが、この国の将来はどの様になってゆくのか?!
娘達はこの荒廃する一方のこの国で幸せに暮らしてゆけるのか、漠然とした不安がおそってくる。

疲れた体を引きずるようにしてアパートに帰る。
風呂場に飛び込み、冷水で一日中体に浴びた砂塵を流す。
タオルを腰に巻いたままで風呂からでる。
冷蔵庫からビールを取り出して、リングプルを引くのももどかしく、ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲んだ。
今までの人生の中で一番上手いビールだと思った。

会社が潰れる前も毎日、ビールを飲んではいた。
ビールは最初の一杯だけが上手いと贅沢な事を言い、
コップに注いだビール一杯だけ飲んだだけで、缶に残ったビールに手を付けることは無かった。
コップのビールでさえ残すこともあった。
しかし、今日は一日中早くビールを飲むことだけを、楽しみにながら仕事をしていた様なものだった。

ビールで喉を潤しさっぱりした後、コンビニで買った弁当を食べながら、パソコンの電源をいれた。
パソコンが立ち上がり、メールソフトの受信ボックスが現れるその瞬間はいつもワクワクする。
しかし、紗希からの衝撃的なメールの内容をを読んで、昼間モラルの無いドライバーを見て感じたのと同様の苦い感情がこみ上げてきた。

本当に、この国の将来と、娘達の将来が不安になるのと同時にぶつけどころのない怒りが心の底からわいてきた。

 

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