「ラストメール」 その十三 徳満耕史著

次朝、夜明けと同時に目が覚めた。
昨日の朝までこの部屋に紗希がいたと思うと、不思議な感じがした。

トーストと珈琲だけの、簡単な朝食をすまし、久しぶりにカッターシャツに袖を通した。

ナイフで刺された腕の傷の包帯は、薄く巻いたのでどうにか目立たなく出来たが、骨折した指のテーピングは隠しようがなかった。

下仮園が経営していたのは、雑貨品の卸問屋だった。
扱っていた商品は、輸入雑貨、ファンシー雑貨、アクセサリー、玩具、コスメ、テーブルウェアー、アンティーク、ハーブ関連グッツ、アパレル衣料、ナイトウェアー、ステーショナリーなど多岐に渡っていた。

その多岐に渡る商品を下仮園が一人で国内外のメーカーから仕入れしていた。
仕入した商品は、雑貨店や量販店やシティーホテル内のテナント店に卸売りしていた。

社員数は80名、年商は100億円を超え、北海道の雑貨の卸問屋では、ダントツ一位のの売上規模を誇っていた。

一番のお得意先は、小樽の倉庫屋さんが会社の倉庫を改装し、雑貨店に改装した店だった。
それまではただの倉庫だったのが、急激に若い女性の集まるお店に変貌した。
そのお店の名前はグリーン・ハウス。

このお店をオープンするに当って、品揃えをすべて任されたのが、下仮園の会社だった。
小樽の一号店は爆発的な売り居上げを記録し、勢いに乗って次々に新店舗を開店させていった。
勢いは北海道だけにとどまらず、本州でも次々に出店していった。

お店でもメインの商品は下仮園の会社から仕入れていたので、グリーン・ハウスと下仮園の会社とは切っても切れない運命共同体となっていった。

グリーン・ハウスの幹部は、全国的に規模が膨れ上がると、下仮園の会社を通さず独自にメーカーから直接仕入れる割合が増えてきた。

しかし、洗練された下仮園の商品にたいする目利きと、グリーンハウスの素人バイヤーの目利きとでは全く違った。
また、素人バイヤーはメーカーからの過度の接待を受け、次第にメーカーの言いなりに仕入れをするようになっていった。
すると明らかに、売れ残りが目立つようになり、その処分の為に処分価格で販売する。
特価販売は毒薬で、商品は売れるものの、利益が薄く中には売れば売るほど赤字になる商品もある。

特価販売が続くと、お客さんは定価では買ってくれなくなり、その為処分価格で販売せざるを得なくなる悪循環が続いた。
それに、加え新規店のオープンラッシュが続き、次第にグリーンハウスの資金繰りが厳しくなっていった。

下仮園は、グリーン・ハウスの経営状態には危惧を抱いていた。
会社の売り上げの半分以上はグリーン・ハウスで占めており、経営状態が悪いからといって、すぐに手を引くことは現実的ではなく徐々に依存度を減らそうと考えていた。

即座に関係を打ち切ると売り上げが半減し、大量の社員をリストラをしなくてはならなるのもずるずるとグリーンハウスと取引を続けた一因でもあった。
下仮園にとって、一緒に会社を大きくしてきた社員は家族のようなもので、首を切る決断はとても出来なかったのだ。

時間はかかるが少しづつグリーン・ハウスとの売り上げを減らし、減った分を他のお得意先への転化で乗り切ろうと考えていた。

しかし、グリーン・ハウスの転落の速度は下仮園の予想を大きく上回った。
本業以外の株式投資や不動産投資にも手を出したのが失敗し、急激に資金繰りを悪化させていた。
そのことは、下仮園には極秘にされていた。
しかし、グリーンハウスの経理担当から「下仮園には申し訳ないので・・」とこっそり事実を教えられた。

一刻も早くグリーン・ハウスから手を引かねば!と決心した矢先に倒産の報が入った。
目の前が、真っ暗になった。
不渡りになったグリーンハウス振り出しの手形の額は10億円を超えていた。
とても、裏書きして回した手形を買い戻せる余裕はなく、下借園の会社も連鎖倒産するしかなかった。

下仮園が個人補償している債務はなかったが、社員を放り出して一人だけのうのうと無傷でいられない。

自宅をはじめ、手持ちの資産はすべて売却し、預貯金もすべて社員の退職金にあてることにした。
妻と子供は、実家に戻ることになった。
妻の実家は地元では有名な大地主で、その土地をスーパーの敷地に賃貸し、コイン駐車場をいくつも持つ裕福な家だったので、妻と二人の娘の生活は心配はなかった。

家の明け渡しが迫ったある日、妻から離婚したいとの申し出があった。
無職になった今、引き止める資格もないので、ためらうことなく了承した。
妻と娘は実家に戻り、秀雄はほとんど手ぶらでこのアパートに越してきた。

妻が離婚を言い出したのはこれから先、自分と子供がいたのでは足でまといになる。
秀雄の将来のことを思って自ら身を引いたことは分かっていた。

妻がそれを口に出さないだけ余計に辛かった。

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