「俺のことを思ってくれるなら、この店を出たら最後にしよう」
「どうして?」
「紗希とわずかな時間を一緒に過ごせて、正直すごく楽しいと思ったよ。
でも紗希には彼がいるんだし、たとえ彼が居なくても、紗希とこれから先会うことは、常識やモラルの点からもいいことじゃない」
「そんなに深く考えなくても、歳の離れたお友達の関係ではダメなのかしら?」
「紗希はお友達で良くても、俺がそう思えなくなくなるかも知れない。
娘と鉢合わせしたら、説明の仕様がないし、近所の変な噂になるのも嫌だから。
それに、何度も言うように紗希には彼が居るんだし、誤解されるようなことは控えた方が良い」
「秀雄さんがそこまで言うなら、納得できないけど秀雄さんの部屋に行くのは諦めるわ。
でも一つだけお願いがあるの」
「何だろう、俺に出来ることがなら何でもきいてあげるよ」
「本当?じゃあ、メル友になってもらえないかしら。
このまま縁が切れてしまうのは嫌。
メールだけでも秀雄さんとは繋がっていたいの」
「それは構わないけど、面白いことは書けないよ」
「そんな事はどうでもいいの。おはよう、おやすみ、の挨拶だけでもいいわ」
「それでいいならお安い御用だよ。
俺もこのまま紗希と縁が切れてしまうのは、ちょっと心配だなとは思っていたんだ」
「良かった。
それに秀雄さん、
インターネット関係の仕事をしていたんでしょう。
ひょっとしたら、私でも役に立てる事があるかも知れないし、逆に秀雄さんから教えて頂くこともあるかも知れないわ」
紙ナフキンにパソコンと携帯電話のメルアドを書いて渡し、紗希からも同様にパソコンと携帯のメルアドと携帯の番号の書いてあるメモをもらった。
「秀雄さん、私の手料理食べたくなったら遠慮なく電話してね」
「・・・・」
店を出ると直ぐに紗希に背を向け歩き出した。
部屋に戻った。
昨日と何も変わらない部屋なのに、何故か広く感じた。
たった半日一緒に居ただけなのに、紗希が残した存在は大きかった。
残していった服は、紗希には捨てると言ったが、洗ってしまっておくことにした。
さて、友達の会社を辞めたのは良いとしても、今日から何をしようか?
会社を潰した後は、仕事の関係者とはすべて連絡を絶っていた。
まずは、会社を潰した尻拭いを済まさないことには、何かを始めても上手く行かない気がした。
遅くなったけれども、倒産したことで迷惑をかけた方々に、お詫びをすることからだとようやく気付いた。
ずっと、厚い雲に覆われていた心の中に、紗希と出会ったことで雲の隙間から光が差し込んで来た。
しばらく袖を通していなかった背広とシャツにアイロンをかけた。
コンビニの弁当で夕食を済ませ、ビール片手にパソコンを立ち上げ、久しぶりにインターネットでニュース記事をくまなく読んだ。
メールソフトを立ち上げた。
ダイレクトメールや、購読を希望した覚えの無いメールマガジンなど、迷惑メールだらけの受信ボックスの中に見慣れないアドレスのメールが一通届いていた。
紗希からのメールだった。