「ラストメール」 その七 徳満耕史著

「詳しく話せば長くなるから簡単にいうと、今年の春先まで経営していた会社を潰しちゃったのさ」

「えっ、秀雄さん、社長さんだったんだ」

「つい、半年くらい前まではね・・
社員の生活も奪ってしまったし、わずかな財産も家族もすべて失った。
一度経営者をやると、失職したからって人の下で働くのは難しい。
雇う方も元社長だと使いづらいし、この歳だからなかなか就職先が見つからず・・・
情けないけど、友達の温情に甘えて彼の会社で働かせてもらっていた」

「奥さんと別れたのは、よく聞く話で借金取りから家族を守るためだったから?」

「そんな、美談じゃない。
愛想尽かされて出て行かれた。
借金抱えた甲斐性無しの男に、いつまでもついて来るなんて、そんなドラマみないな話はないよ。
苦労するのが分かっている俺について来るよりも、実家に戻れば寝るところもあるし、食べるのにも困らない。
パートで働いていれば、取りあえず生活は出来るからね」

「秀雄さんは、未練はないの?」

「あの時に、こうしとけば良かったとか、もっと他に方法があったのでは?と、今になって思うことはたくさんある。
でも、その時は周りを見渡す余裕がなかった。
寝るのを惜しんで頑張った。
でもダメだった。
今は、済んでしまったことを悔やんでみてもしかたないと思ってる。
後悔があるとしたら妻と娘達に辛い思いをさせたことかな」

「上の娘はたまに、ひょっこりと来て掃除して夕飯を作ってくれる。
昨日も来てくれてみたいだけど、帰りが遅くなって会えなかった。
下の娘も来たがっている様子だけど、まだ一人では来られないし、ママに気をつかっているのか、まだ来たことはない」

「じゃあ昨日、私のことがなかったら、娘さんと会えたのね。
ごめんなさい・・
普通、そのくらいの歳の女の子なら、パパを毛嫌いするのに。
社長さんから、無職のパパになっても会いに来てくれるなんて、ちゃんと秀雄さんのことわかってくれているんだわ。
優しい娘さんね」

「いや、娘はメールで遅くなると伝えたから、とっくに帰っていたはず。
だから、昨日の件があってもなくても会えてはいなかったよ。
気にしないで。
俺の、身の上話はこれくらいにして、紗希の服買ってから、どっかでメシ食おう」

「服なんていらないわ。
今、買ってもらったばっかりなのに」

「この服は取りあえずこの部屋出るため。
仕事に行くにも家へ帰るにしても、いつも着ている様な服じゃないと不審に思われるだろう。
それに下着だって、俺のトランクスじゃいくらなんでもマズいだろ」

「だったら、自分で買うわ。
これ以上秀雄さんに迷惑かけられないもの」

「気にすることはないって。
実は娘にも服を買ってあげたいんだけど、どんな店でどんな服かっていいか全然わからなくてさ。
だから、今日はその練習。
下着を買うところまではついていかないから安心して」

「すごく嬉しいけど、すごく申し訳ない気持ち。
初めてあった人に助けられて、そしてこんなによくしてもらうなんて。
ちゃんとお礼はさせてくださいね」

「お礼はいいよ、気持ちだけもらっとく。
それに昨日のことや俺のことは、早く忘れた方がいい」

「どちらも、忘れられる訳ないじゃない・・・」

「ラストメール」 その六 徳満耕史著

紗希が用意してくれた朝食は本当に美味しかった。

 

いつもは朝食抜きか、食べてもコンビのパンと缶コーヒーくらいだ。
久しぶりに自宅でちゃんとした朝食だったの余計に美味しく感じたのかも知れない。
しかし決してそれだけではない、しっかりした家庭の味を紗希は受け継いでいると思った。
お母様が大切に育てているのだろう。

まずは何より先に、紗希の服を買わなければ・・・
この部屋からは出ることが出来ない。

 

右手の刺された傷と、多分折れたと思われる腫れあがった指の治療はどうするか・・・

医者は、腕の傷や指の骨折、体中の傷を見て事件性を疑うかも知れない。
事件性があれば、警察に通報すると聞いたことがある。
警察に呼ばれ追及されると、昨夜の件を隠し通すだけの自信はない。

となるると、紗希も昨夜のことは根掘り葉掘り取り調べをうけるだろう。
当然、紗希の両親にも昨夜のことは知られてしまう。

 

紗希に昨夜の男のことを訴える気があるかどうか確認してからのことになるが、今は病院にいかない方が賢明に思えた。
刺された傷は消毒し市販の薬を使えば、痕は残るかもしれないけど自然と治るだろう。
骨折していると思われる指もテーピングしてればどうにかなるだろう。

「紗希、服買ってくるよ」

「お仕事、行かなくていいの」
「この手じゃキーボード打てないし、それに俺がいてもいなくてもあまり変わらないんだ。
丁度、昨日大きな仕事終わったばかりで俺の出番もなくなったし。

それより、紗希の仕事は?」

「今日は遅番だから、午後3時までに出ればいいの」

それを聞いて、秀雄は近くの大型スーパーに紗希の服を買いに行った。
とはいえ、とりあえず外を歩けるためのものなので、適当にカジュアルな服上下を選び、靴下と靴、歯ブラシを買って帰った。

さすがに、下着を買うのはためらった。
「趣味に合わないと思うけど、この部屋を出てちゃんとした服を買うまで、これで我慢して」

「えっ、お世辞でなく秀雄さん、服を選ぶの上手ね。
とっても気にいったわ」

「そう言ってくれると、お世辞でも嬉しい。
調子に乗って、今度、娘の服も買ってやろうかな」

「だからお世辞じゃないってば。
ところで秀雄さん、その手の怪我じゃ、しばらく仕事出来そうもないわね。
私の責任だわ、どうやってお詫びしたらいいかしら」

「だから、何度も言う様に、紗希の責任じゃないって。
紗希は被害者なんだよ。

友人の会社へは買い物の途中に電話して、辞めるって連絡しておいた。
その方が奴の会社にとっては助かるのさ、俺は戦力外なのに無理に雇ってもらっていたから。
いつまでも友達の温情にすがってばかりじゃまずいと、思っていたところだったんだ。
丁度大きな仕事が終わったから、紗希のことがなくても辞めるつもりだった」

「本当は、じゃあ昨日のことがきっかけで、秀雄さん会社を辞めることになったんでしょう?
気にするなって言われても、やっぱりすごく責任感じてしまうわ」

「嘘じゃなく、これからのことを真剣に考えようと思っていたタイミングに昨日の出来事があった。
これが良い方に向かうキッカケになればと思ってる」

「でも、秀雄さん、何か考えていることがあるの?
迷惑をかけた私が聞くことではないことは分かっているけど・・
とても不思議に思うんだけど、どうして奥さんと離婚することになったの?
それに、秀雄さんが定職に就いていないことも・・・」

秀雄は、今日、これからのことを考えた。

「ラストメール」 その五 徳満耕史著

朝、目が覚めるとソファー横の小さな食卓の上に、豪華な朝食が用意されていた。

たまに娘が来て簡単な食事を作ってくれることもあるので、それなりの調味料と保存の効く食材は多少は用意してある。

しかし、わずかな食材でこれだけの朝食を作ってしまう料理の腕には感心した。

「おはよう、早いんだね」

「おはようございます。
昨日のことが頭から離れなくて、結局朝まで寝られなかったの。
それに、あなたのお布団・・・すごく男臭いんだもん」

「そっか、やっぱりね。それは悪かった。
そう言えばまだ名前を聞いていなかったけど、聞いていいかな?」

「そうだったかしら。
名前も知らない者同志が同じ部屋で寝ていたなんて不思議ね。
私の名前は紗希です」

「素敵な名前だね。
・・で、紗希さんは働いているの?」

「もう、24歳だし、一応働いていますよ。
親もうるさいし」

「ひょっとしたら学生さんかと思ったけど、社会人なんだ。
何系の仕事?」

「パソコンスクールのインストラクターのお仕事です」

「そうなんだ・・・何だか難しそうな仕事だね」

「私が教えているのは初心者の方達ばかりで、簡単な、メールのやり方とかインターネットの接続の方法だとか。
基本的なことを教えているだけだから全然難しいことはないの。

技術的なことよりも、キーボードすら触ったことない人に、パソコンって楽しいなあ!って興味をもってもらうのが一番のお仕事。

人それぞれに、性格や興味のあることってが違うから。
それでもビジネス系のソフトとか、芸術系のソフト教えている人よりはずっと楽よ。

専門的なことを教えているインストラクターさんはお給料も高いけど、常に新しいことを勉強しなくてはならないから大変みたい」

「そうなんだ!
偶然だけど俺も今、インターネット関係の仕事しているんだよ。
とは言っても友達がやっているIT会社のアナログ的な仕事だけど」

「じゃあ、同じ分野のお仕事ね。
解からない事あったら、ぜひ教えて下さいね」

「いやいや、俺がやっているのは、パソコンの知識が無くてもやれる単純作業。
だから、教えてもらうのは、多分、俺の方」

「そう言えば、私もまだお名前を聞いていなかったけど、聞いていいかしら?」

「隠す程の名前でもないからいいよ。
下仮園秀雄だよ」

「えっと、し・も・か・り・ぞ・のさんって、聞いたことないわ」

「九州の田舎にしかない苗字だよ」

「下仮園さんは、九州の出身の方なの?」

「しもかりぞのって、舌をかみそうだろ!
みんなは、俺のこと『下ちゃん』って呼んでいる」

「ええっ、何で北海道に来たの?」

「俺が九州から来た訳の話しをするには、もう一晩、紗希さんに泊まってもらわないといけなくなるくらい長くなるから、いつか機会があったら話すよ」

「じゃあ今日も泊まって、秀雄さんが北海道に来た訳を聞かせてもらおうかしら・・・
嘘、嘘・・・これ以上ご迷惑をお掛け出来ないんで、すぐにおいとましますね」

「まずは、朝飯食おう!」

「ラストメール」 その四 徳満耕史著

秀雄が住む、安アパートに被害にあった女性を連れてきた。
茶の間と万年床が敷いてある寝室の二間しかない。

部屋に入るなりすぐに、秀雄はお風呂のお湯をためる。

次に、押し入れの中の衣装ケースから着替えをさがした。
被害者の女性の着替えと言っても、女物などあるはずなく、買い置きしてある新品のトランクス型パンツとTシャツ、そしてスゥエットパンツを風呂場の脱衣所に置いた。

「なにより先にお風呂に入ってきて!
着替えは男物だけど、全部新品だから」

自分はあとで良いという女性を宥めすかして、お風呂を使ってもらう。

女性がお風呂を使っている間、流し台で刺された右手の汚れを洗い流し、傷口を確かめてみた。
思ったとおり、出血の割に傷は浅かった。
しかし右手の指は青紫色に変色し、倍ほどに膨れ上がっている。
ボールに氷を入れて冷やしてみたけれども、冷たいという感覚さえない。

「お風呂頂きました。ありがとうございます」

いつの間にか、風呂からあがって出てきたらしい。
男物のスゥエットパンツとTシャツはブカブカで、胸の二つの突起がTシャツの布地を押し上げていて、目のやり場に困る。

「今、急いでお風呂のお湯取り替えますから」

「いや、あんな喧嘩の後だし、酒も回って眠くて目を開けているのも辛い。
風呂は明日の朝にする。
とにかく今は寝かせてもらうよ。
申し訳ないけれども、臭いのを我慢して、となりの部屋の俺の布団で寝てくれないか」

と言い終えると同時に、ソファーの上で眠りに落ちた。

夜中、体中が痛くて目が覚めた。
人の気配がするので目を開けると、驚いたことに、隣の部屋で寝ているはずの女性が、横に座っている。

「どうしたの?
早く寝なよ」

「ごめんなさい。
全く関係ない人に、こんなに迷惑かけたうえに、お世話になってしまって・・
平然と寝てなんていられないわ」

「気にするな!って言ったよね。
正直に言うと、他人だったら放っていたんだ。
ふと、終電間際までこの部屋にいた娘じゃないか?って心配になったから助けに行ったんだ。
娘じゃなかったから、「じゃあ」って引き返す訳にもいかないし、成り行き上こうなっただけ。
あなたのせいじゃないよ」

「そんなことはどうでもいいの。
私が助けられて、あなたが怪我したことには変わりないもの」

「それじゃあ、今一番して欲しい俺の望みを言うから、それをきいてくれる?」

「ええ、なんなりとどうぞ」

「頼むから、隣の部屋にいって寝てくれないか」

「実は正直に言うと、さっきのことが思い出されて、恐くて寝られないの。
貴方のそばで寝ていい?」

「それじゃ、俺が寝られなくなるよ。
頼むから早く寝てくれないかな」

「ありがとう。
でもここにいる。」

「ラストメール」 その三 徳満耕史著

「大丈夫ですか?」

声の主は、すでに逃げ去って、もうこの公園の中にはいないだろうと思っていた被害者の女性だった。

服の乱れは直していたが、髪や服は土と草で汚れいる。
ブラウスの前ボタンは全部飛ばされているのだろう・・・片手でブラウスを押さえている。

(歳は20代前半くらいだろうか?)

全体的にスラッとして細身ではあるけれども、胸の隆起は大きく、ファッション雑誌のモデルにも劣らないほどの容姿の持ち主だった。

軽くウェーブのかかった肩まで伸びた髪は、今時の若い女性にしては珍しい黒髪で、それがかえって清楚な色香を漂わせている。

こんな女性が、終電を過ぎた遅い時間の人気の無い公園を、薄いブラウス一枚の服装で歩くなど、自ら「レイプして下さい」と誘っているようなものだ。

「怪我はないかい?」

女性は黙ってうなずいた。

「なぜ、逃げなかったの?」

「こんな格好では人通りのあるところを一人では歩けないもの」

「家は近いの」

「車がないと、歩いて帰るには遠い所です」

確かに、この格好で人通りの多い駅前へ出て、タクシーを拾うことは無理だろう。
多くの人に好奇の目で見られるの耐え難いに違いない。

それに、この姿を家族に見せることは出来ない。
何が起こったかは一目瞭然だ。

帰りたくても帰れないのだ。

「その格好を近所の人に見られたら、嫁入り前のお嬢さんに変な噂を立てられるね。
それに、その格好で帰ったらご両親に無用な心配をかけるだけだし。
もし良ければ今日は俺のところに泊まって明日帰ったたら?
終電に乗り遅れたから友達のところに泊まることにして」

「助けていただいた上に、そのうえご迷惑をかけてもいいのかしら?」

「やもめ暮らしだから気にすることはない。
汚ない部屋だけど、それは我慢して。
この時間じゃ開いてる店はないから服を買うことも出来ないしね」

「ありがとうございます。
本当に申し訳ありませんが甘えさせて頂きますね」

女性は携帯電話を取り出し、自宅に電話した。

「ラストメール」 その二 徳満耕史著

秀雄がその場で見たものは、ブラウスの前は引き裂かれ、ブラジャーはたくし上げられて白い乳房がむき出しにされている若い女性だった。

(佳織ではない、良かった)

白いブラウスとスカートは土と草で汚れ、半袖から出ている細い白い腕もかすり傷を負って血がにじんでいる。

男は今まさに、スカートをまくりあげ、鬼の形相でパンストとショーツを一緒につかみみ引き下げようとしているところだった。
しかし、女性も必死に抵抗し、それを許さない。

「何しているんだ!」

声が震えていた。

「お前、誰なんだよ?」

男がこちらを向き、怒声をあげた。

「誰でもいいだろ、女性を離してやれ!」

更に声がうわずって震えている。

「うるせいんだよ、おやじ!
俺が終わったら、オッさんにもやらせてやるからその女の手押さえてろや・・・」

喧嘩の力量を瞬時に見切ったのか、相手の男の声には余裕がある。

男がこちらを向いて油断した隙に、組み敷かれた男の腕を振払い、女性が逃げた。
男は動けない。
すでにデニムを膝まで下ろしていた。

女性は、築山の裏の闇の中に消えた。

男はデニムを履き直しこちらを睨む。
邪魔され目的を果たせなかった怒りか、そもそも人を傷つけるのが趣味なのか、薄気味の悪い笑顔を浮かべ、登山ナイフの刃を上に向けて秀雄の前に立ちふさがった。

後ろを見せて逃げたら刺される・・
やるしかない・・

秀雄は中学の頃から結婚するまでサッカーをやっていて、厳しい練習に鍛えてきたので、体力には少し自信があった。
46歳になった今でも、ジムで鍛えているので、無駄な脂肪はなく締まった体をしていた。

(歳はとっても、多分体は覚えているだろう。)

相手は20代前半位だろうか?
いかにも、ケンカ慣れしているような、しなやかな体つきをしていた。

男は、間合いを詰めナイフを持つ右手を突き出してきた。
一寸でのところでかわしたが、酔った体では何度もかわす事は無理だろう。

(いつかは刺される)

恐怖が頂点に達した時、体が動かなくなった。
相手の動きはハッキリと見えているが、体が反応しない。

ナイフが突き出された瞬間、間一髪右手が動き、右胸に刺さるはずのナイフの刃先が、二の腕の肉を裂いた。

激痛が走り、熱い液体が腕からわき腹に流れた。
血を見て、一瞬男がひるんだ。

(チャンスだ)

夢中で組みつき、ナイフを持っている男の右手を両手でつかんで、思いっきり捻った。
運よく男の手からナイフが落ちた。

(これで死ぬことはない)

恐怖心はなくなり、体も自由に動くようになった。

何度も相手のパンチをもらい、地面に這いつくばると、蹴りを入れられた。
それでも無我夢中で腕をふりまわしいたら、一発のラッキーパンチが男の頬と鼻の間に当たった。
久しぶりに拳に感じる骨と骨がぶつかる痛み。
グシャという音。

男の鼻からおびただしい血が噴き出した。
男の服は真っ赤に染まった。

多分、鼻の骨は折れたのだろう。
男の戦意は消失した。

(助かった)

くるりと背を向けと、男はとぼとぼと出口へ歩き出した。。

ナイフで刺された右手の怪我はさほど深くはなさそうだが、体中が痛み、口の中は切れ、手足は土にまみれ擦り傷だらけだった。

深刻なのは最後に相手の鼻の骨を折った右手の指だった。
ズキズキと痛み、早くも腫れ始めている。
多分折れているだろう・・

「何でこんな目に、俺があわなくちゃならないんだ」

と独り言をつぶやくと、背後から女性の声がした。

「ラストメール」 その一 徳満耕史著

事業に失敗し、妻子とも別れ、何もかもなくしたが再起を目指すストイックな中年オヤジ!
付き合った男がストーカー・・・男性不信に陥った若くて美しいパソコン・イラストレーター!

ある事件がきっかけで二人は出会う
その後に待ち受けている衝撃の出来事とは?

『ラスト・メール』 トク著 2006年8月25日 初刊発行

「今日は帰りは遅いの?」

(それにしても、パパの部屋、汚なすぎだよ!
これじゃ、新しいお嫁さん来てくれないよ。
かわりに佳織がお掃除しておくね。
せっかく美味しいご飯作ってあげようと思って来たけど、また何処かでお酒飲んでいるのでしょう!
久しぶりに来たから、お父さんの顔を見てから帰りたいけど・・)

別れた妻に引き取られた、娘からのメールだった。
あいにくこの日は、大きな仕事を無事に終え、友人と二人でささやかな祝宴をあげていた。

「今、ススキノの居酒屋」
(佳織悪い!
今、仕事の打ち上げで飲んでいる。
折角来てくれたのに、申し訳ない!
前もって連絡してくれれば、真っ直ぐ帰ったのに・・
お母さんが心配するから、早く帰るんだぞ!
あのなあ、ちゃんと綺麗に掃除してくれる相手探すから佳織に心配してもらわなくてもいいから)

連日の徹夜仕事の疲れからか早く酔いがまわり、珍しく一軒だけで切り上げた。
時計をみるとまだ電車が動いている時間だった。

電車を降り、普段は通る事のない公園の中道を通り自宅へ向かう。

いつもは薄気味悪くて決して通る事のない公園の中を通る近道も、恐怖心より早く布団にもぐりこみたい気持ちの方が勝った。
この公園は、住宅街にありながら、近所の少年が野球をするための充分な広さのグランドとテニスコートがあった。

グランドに隣接して林に囲まれた場所にはパークゴルフ場が整備され、更にアスレチックフィールド、幼児の遊具までもが設置されいる。

小さな子供からお年寄りまで楽しめる広大な公園で、新興住宅地の憩いの場所となっていた。

バーベキューが出来る場所もあり、初夏のこの季節、休日ともなると近隣の住民だけではなく、かなり離れた所からも大勢の家族連れが集まり、ビール片手に北海道ならではのジンギスカンを楽しむお父さん達の姿が多く見られた。

冬には、そりで滑ったり、スキーの練習をしたりする為の築山も造られている。

昼間は子供からお年寄りまで多くの人で賑わうこの公園も、夜ともなるとその広さゆえ、暗くしんと静まり返っている。
屈強な男性でも近寄るのをためらう程の不気味な雰囲気を漂わせており、日没後に公園を通る人はほとんどいない。

下仮園秀雄は、友人の会社が主業務としているホームページ製作の下請け作業を、収入源としていた。
大口の仕事の納期が迫っており、その為ここ連日徹夜が続き、心身の疲れは限界に達していた。

その仕事も納期期限の本日ぎりぎりに、納期に間に合った。

娘からメールが来たその時間は、居酒屋で飲んでいた時だ。
大きな仕事を終えた安堵感と、久しぶりの酒が体の隅々まで染み渡り、店を出る時にはすでにけっこう酔いがまわっていた。

電車の中では強烈な睡魔に襲われた・・。
どうにか寝過ごす事無く電車をおり駅を出たが、足元はふらついている。

月明かりに照らされた公園の木々は新緑に彩られ、初夏の爽やかな風に揺れていた。
酔って上気した顔に当たる風が気持ちよかった。

公園の中道をフラフラと進むと、築山の裏のパークゴルフ場で何か動く気配を感じた。

胸の動悸が激しくなり、今にも走って逃げ出したい衝動をかろうじて抑えて、早足で通り過ぎようとしたその時、

「やめて!」

と女性の泣き叫ぶ様な声が聞こえた様な気がした。
足を止め、耳をすますと確かに

「やめて、お願いだから」

と懇願する女性の声が聞こえた。

夜、この公園を一人で歩く度胸のある女の人はまず居ない。
では、露出癖のあるカップルが、誰も来ないと見越して変態なプレイを楽しんでいるのだろうか?

いつもなら、ひとつ見物でもさせてもらおうかとスケベ心が沸くところだが、今日は一刻も早く、横になりたい。

(やめとこう)

と思い、又歩き始めたその時、白い物体が立ち上がったと思ったらまた倒れる姿が目に入った。

(間違いないレイプだ!)

助けに行かなくては・・・

(いやいや面倒な事に巻き込まれるな・・・
下手したら怪我だけじゃ済まず、殺されるかも知れないぞ!)

逡巡する心の声・・・・

(ひょっとして、娘の佳織だったらどうする?)

ふと嫌な予感がした。

今日、娘の佳織が来ているのは、メールで知っている。終電の時間まで帰りを待って、止むを得ず公園を通ったとしたら・・・

その予感がよぎった瞬間、もう走り出していた。