「ラストメール」 最終回 徳満耕史著

『名前』

秀雄さんの仕事を引継ついで頑張っているよ。
メーカーの方も、お店の方もとても親切で、いろいろと教えて下さるわ。

秀雄さんには遠く及ばないけど、少しでも秀雄さんのやり残したことは私がやり遂げて見せるつもりよ。
ホームページも私なりに頑張って完成させました。
そして会社の名前も、ホームページのタイトルも同じにしたの。

「AGAIN」

もう一度、秀雄さんの仕事をちゃんとやり直すという意味もあるけど、元に戻すって意味もあるのよ。
秀雄さんとメールしていた楽しい日々が、また戻って来るって今でも信じているから・・・

『嬉しくて泣いちゃった』

とても嬉しい事を報告します。
今日も、娘さん達が遊びに来てくれたの。

そして、言ってくれたのよ。
佳織は高校卒業したら、進学しないで紗希さんと一緒に働いてパパの仕事を引き継ぐって。

ママに話したら「紗希さんに迷惑掛けないように、頑張りなさいって」って言って下さって!
そして、亜希ちゃんも高校卒業したら一緒に働いてくれるんだって。
もう、嬉しくて、嬉しくて泣いちゃった。
ちゃんと、お給料が払えるように頑張らなくちゃね。

『ちゃんと、伝えたいこと』

秀雄さん、今日押入れの整理をしていたら、あの時に着ていた服が出てきたわ。
捨てるって言っていたけど、残しておいてくれたのね。

土や草の汚れはうまく取れていなかったけど洗ってあった・・
洗剤のいい香りがしたわ。
ちゃんとアイロンまで掛けてあったけど、火傷しなかった?
下着も、ちゃんと私が頼んだとおり、新聞紙に包んであった。
ちゃんと言いつけを守ってくれていたのね。
子供みたいよ・・

不思議ね!
秀雄さんとは、一度も手を触れることさえなかったけれど、今でも、こんなにいっぱいの愛情を紗希に与えてくれているのよ。

『紗希は幸せ者です』

秀雄さんからの最後のメール
いつも、いつも、心の中で読み返しているの。
紗希が生きていくための心の支えよ!

私も伝えていいですか?

秀雄さん
いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも・・・
ずっと愛しています。

 

 

「ラストメール」 その三十六 徳満耕史

『犯人が捕まりました』

あの日と、同じ場所で秀雄さんが見つかったから、直感で犯人はあの日のレイプ犯じゃないかと思ったの。
もし、違っても何かの参考になればと思って、あの日変態君から取り上げたビデオを警察に渡したのね。
それが、手がかりとなって捕まったのよ。
やっぱりあの時のレイプ犯だったのね!
秀雄さんの命を奪ったのは!

秀雄さんすごいね。
あの時、ちゃんと変態君から証拠ビデオ取り上げていたから犯人が捕まったのよ。
でも、犯人は捕まっても、秀雄さんは帰ってこない。

親には、レイプされかかったことがバレちゃったけど、秀雄さんをこんな目に合わしたあの男が許せなかったの。
それからね、変態君も捕まったのよ。
いい気味だわ。

『決めました』

秀雄さんが、前の仕事に復帰した時、多くの人が喜んでくれていたでしょう。
お葬式で一生懸命仕切っていた人達が、お仕事の仲間だったと、先日奥さんから聞かされた時に決めたのよ。

秀雄さんがやり残したことを私が引き継ぐって。
それで、昨日から秀雄さんのパソコンに残っていた資料を頼りに、メーカーさんとお得意先にお邪魔したの。

「私は、下仮園秀雄の婚約者です。
下仮園の遺志を継いで必死に頑張るので、私にも同じ仕事を続けさせて下さい」

って一軒一軒必死にお願いして回ったの。
そうしたら、みんな喜んで応援してくれるって。

秀雄さんは私には話してくれてなかったけど、いずれは私と一緒に仕事をして、結婚するかも知れないって、お仕事の仲間の方にはお話していたのね。

それを聞いて、私、もう嬉しくて初対面の方の前なのに泣いちゃった。

みなさんの間では、私の事を女神ちゃんって呼んでいて、早く秀雄さんとのところで一緒に働いてくれないかな!って思っていたと、言って下さったのよ。

それからね、いろいろ秀雄さんの昔のお話も聞けちゃった。
それと、ホームページの製作も任せてね。
元、インストラクターの意地にかけても、秀雄さんが作りたかったホームページを作るわよ。
もう、いつまでも泣いて居られないわ。
紗希、頑張るからね。

『笑ったよ』

ほんの今まで、娘さん二人、ここに居たのよ。
パパが最後はどんな所で暮らしていたか、妹の亜希ちゃんが一度は見ておきたいって。
それと、パパが再婚したいと思った人がどんな女か確かめてやるって。

でもね、秀雄さんがちゃんと娘さん二人にもそれぞれに手紙を書いていてくれたから、最初から打ち解けて話せたの。
色々聞いたわよ。
家族の前では平気でオナラするし、酔っ払ったら何処でも寝ちゃうって。

「こんなパパと結婚したら紗希さん、苦労するから結婚しなくて良かったね」

なんて真顔で言うのよ。
逆に、気をつかってもらっちゃた。
それで、こんな美女三人を心配させて、何処に行っちゃたんだろうね?!
って、もう秀雄さんの悪口合戦になっちゃった。

あの日、佳織さん、この部屋に来ていたでしょう!
こんなに汚い部屋だったら新しいお嫁さん来ないよってメールしたら、ちゃんと掃除してくれる人を見つけるから心配するなってメール返したんだって!

今日、佳織さんが来て、本当にお掃除の上手な人を彼女にしたねって褒めてくれたよ。
嬉しかった。
秀雄さんが居なくなってから、初めて笑ったわ。

「ラストメール」 その三十五 徳満耕史

「主人の最後は紗希さんのお陰でずいぶんと充実していたようです。
ありがとうございました」

意外な言葉に事情を聞いてみると、秀雄の優しさに触れ、また、涙がとまらなくなった。

変態君から救い出してくれたあの日、ホテルのバーで自分と付き合うことを決めた夜秀雄は、元奥さんと娘さんに手紙を書いていた。

紗希と出会った経緯から、付き合うことを決心した心情を正直に書いた手紙だった。
紗希の年齢からしても、子供のことを考えると早い段階で結婚することも視野に入れている旨も書いてあった。

偶然元の家族と出会っても、双方に気まずい思いをさせたり、憎しみあったりしないよう、又、紗希に後ろめたい思いをさせないための秀雄の細心の配慮だった。
あの日、紗希を泊めなかったのも、ちゃんと元の奥さんと娘達にけじめを付けた後で、堂々と付き合いたいと秀雄が思ってのことだったのだと今わかった。

元奥さんは、秀雄の遺品を少し分けて欲しいと言い、故人の服や自分達が写っている写真を胸に抱えて帰った。

紗希は、長い間触れることのなかったノートパソコンの電源を入れ、読んでもらえることのない秀雄宛てのメール書き始めた。

『奥さんから聞いたわよ。』

秀雄さんは、すべてを失っても生命保険だけは解約していなかったのね。
奥さんは、てっきり生命保険は解約していると思っていた・・・って仰っていたわ。
だって、毎月すごい掛け金だったから職を失って払い続けられるハズがないと思っていらしたって。
お陰で、余生をお金の心配をせずのんびりと暮らしていけるだけのお金を残してもらったって奥さんが・・・

秀雄さんは、別れた奥さんや娘さんのことも決して忘れていなかったのね。
自分や娘のことは相変わらず大切にしてくれた上に、紗希さんの人生も引き受けたのだから、不思議と紗希さんには憎しみが沸かないって言って下さったの。

紗希もようやく表面上は普通に生活が出来る様になってきた。
一人になると、涙がこぼれてきたが寂しいのは一人じゃない。
元奥さんも、娘さんも悲しみと戦っているのを知って自分も闘うことにした。

『秀雄さん』

天国の居心地は良いですか?。
紗希は寂しさで廃人の様になってしまいました。
でも、紗希よりずっと長い間秀雄さんと暮らしていた奥さんや娘さんが必死に、悲しみと闘っていることを知り、紗希も頑張ることにしました。
秀雄さんも天国から応援して下さいね。

「ラストメール」 その三十四 徳満耕史

紗希は、突然のメールの意味が分らず、動転するばかりだった。
一睡もせず秀雄の帰りを待った。
メールの内容から何か事件に巻き込まれたのではないか?との不安から胸を締め付ける。

秀雄が帰って来なかった訳を知ったのは、夕方のローカルニュースだった。
仲の良い老夫婦がいつもの様に、早朝、公園を散歩している時に、倒れているいる男性を見つけた。
酔っ払いが寝ているのだろうと思い、起してやろうと近づいたところ、あたり一面に大量の血が流れていたので、慌てて119番通報した。

まもなく救急車が到着したが、救急措置を施すまでもなくあきらかに死後、数時間が経っていた。

紗希は現実を知り目の前が真っ暗になり息をすることさえ苦しくなった。
何を考え、今何をしているのか・・・
目を覚ましているのか・・・
意識があるのかないのか・・・
何処にいるのか・・・
自分で自分のことが分らなくなっていた。

涙さえ出てこない。
意識の回路が壊れてしまっていた。

下仮園秀雄のお葬式は盛大だった。
喪主は九州から駆けつけた秀雄の弟が勤めたが、九州からも大勢の親戚や友人が最後の別れに駆けつけてきていた。

実際お葬式を仕切っていたのは、かつての仕事仲間や倒産した前の会社の従業員達だった。
それに個人的な友人も加わり、故人の人脈の広さがうかがえた。
離婚した元妻や娘達はもちろん、元妻側の親戚も多数列席していた。

紗希も、気力を振り絞り多くの列席者に混じって故人に逢いに行った。
そこで見たお葬式は、義理だけで出席している人は一人も見当たらなかった。
列席者のすべての人が早すぎる秀雄の死を惜しみ悲しんでいた。

別れた奥さんや娘さんを見ても、家族思いだった秀雄の人柄が偲ばれた。
遺影の笑っている秀雄を見るのが辛く、気が遠くなりそうになるのをかろうじて堪えていた。

あの日以来、紗希は自宅に着替えを取りに行っただけで、その他の時間はずっと秀雄の部屋で過ごしていた。
ふと、恐ろしい事が紗希の胸の中に浮かんだ。

私は、本当に生まれつきの悪魔?

私と関わった男性で幸せになった人は一人も居ない。
深く関われば関わるほど不幸になった。
秀雄さんを深く愛すようになったから・・・
悪魔の報いが、秀雄さんを死に追いやったのでは・・・
私と関わったから、秀雄さんが死んだ!

そう確信した紗希は、自分の身を切り刻んで、死んでしまいたいと思った。
その時から、食事も喉を通らず生きる気力も無くしていた。
このまま静かに死を待つ覚悟は出来ていた。

その時、秀雄が目の前に現れた。

「紗希!
紗希と関わったから死んだなんてことがあるはずがない。
紗希のお陰で、幸せの絶頂で人生を終えることが出来た。
やっぱり、紗希は女神だったよ。
天使に導かれて今、天国で幸せに暮らしている。
いつまでもくよくよしないで、元気をだして!
そして俺のためにも幸せを掴んでくれ」

そう言い残していつの間にか、秀雄は消えてしまった。

インストラクターの仕事は、あの日依頼体調が優れないと休んでいたが、スクールの方から解雇を告げるメールが届いた。

アパートの大家さんに、故人とは婚約者だったので引き続き住まわせて欲しいと頼んだら、面倒なことをせずそのまま次の借り手が見つかったのが嬉しいのか、上機嫌で承諾してくれた。

半月位経った時、アパートに別れた元の奥さんが訪ねて来た。
泥棒猫と罵声を浴びせられて当然と思っていたが、元の奥さんの口から出た言葉は、意外なものだった。

「ラストメール」 その三十三 徳満耕史著

『今、北見から汽車に乗った』

ごめん、みんな素敵な人ばかりで、ついつい取材が長くなって遅くなってしまった。
多分、札幌駅に着くのが11時頃で、それから乗り換えるから終電には間に合うと思う。
明日は仕事休むから、遅くなるけどゆっくり紗希の手料理で美味しい酒を飲ましててもらうよ。

『そう、ずいぶん遅くなるのね』

でも、秀雄さんとは明日はずっと一緒に居られるから我慢する。
今まで、ずっと待ち続けていたのだから少しくらい遅くなったって大丈夫よ。
今日は、お部屋もピッカピカにお掃除したよ。
それに、秀雄さんが好きだって言っていたお魚のお刺身も買ってあるわ。
それとお煮付と海老入りのちょっと豪華なサラダも作ってあるの。
それにお鍋も。
そんなに食べきれないよ!って言われそうだけど、秀雄さんにいっぱい食べてもらいたくて頑張っちゃった。

『豪華だね』

今、お腹空いているけど、何も口にしないで帰るよ。

『わかったわ』

後は、電車が秀雄さんを運んできてくれるのを待つだけね。
札幌に着いたら、メールしてね。
お風呂のお湯を沸かして、お料理を温め直すから。

札幌駅に着いたのは十一時を過ぎていた。
乗り換えの最終電車にはどうにか間に合い、自宅のある駅に着いた時には11時半を過ぎていた。
電車から降りてすぐ紗希に、駅に着いた旨のメールを入れた。

今頃紗希は食事を暖め直して、風呂にお湯を足している頃だろう。

あの日以来、夜に公園を通ることは無かったけど、一刻も早く帰って紗希の喜ぶ顔を見たかったので、今夜は公園の近道を通って帰ることにした。

紗希の喜ぶ顔を見た後、お風呂に入り、ご馳走を目の前にして乾杯してビールを飲む。
そんな風景を心に浮かべながら、弾むように歩いていた。

紗希がレイプされかけた、築山の付近を通りかけた時に、ダダダと駆け足の様な音が聞こえた。
とほぼ同時に、背中に激しい痛みを感じた。

振り返ると、今度はみぞおち付近に又も激しい痛みを感じた。
何が起こったか、判らないまま意識が薄らぎ倒れこんだ。

「おっさん、久しぶりだな。
俺のことを覚えているかい?
俺は、あんたのことを忘れたくても忘れられなくなった。
ご覧のとおり、鼻が曲がって見られたツラじゃなくなったからな。
あの時から、気持ち悪がられて女も抱けなくなってしまった。
この礼は、いつかきっちりしなくてはと前から思っていたのさ。
今日、たまたまパチンコで大勝して、駅前の飲み屋で一杯やって出てきた所で、偶然おっさんが駅から出てくるのを見ちまった。
都合よく公園の中へ歩き出したから、これはチャンスだと思い後を付けたよ。
おっさん、何か良いことでもあったのかい。
まるで警戒する様子もなく、うきうきして歩いていたから、殺るのは簡単だったよ。

直前まで気がつかないんだから余程浮かれていたんだな。
あの時、俺と一緒にあの女をやっていれば、こんな所で命を落とすこともなかったのによ」

ようやく、何が起こったのか理解できたが、 一歩も歩くことが出来なかった。
背中と、みぞおちあたりからおびただしい血が流れ、その痛みで気を失いそうだった。

途切れていく意識の中で、気を振り絞って紗希にメールした。

『ごめん』

紗希、今日は帰れなくなった。
それと、多分紗希と付き合うことも出来なくなりそうだ。
これが最後のメールになるかもしれないが信じてほしい。

紗希、愛している・・ありがとう。

「ラストメール」 その三十二 徳満耕史著

元妻には心休まるような生活をさせて上げれなかった。
サラリーマンと結婚したつもりなのに、ある日突然脱サラすると言われ、自分のワガママに付き合わせた。
子供が小さくても、時間を見つけては会社の仕事を手伝わせた。

資金繰りに行き詰まり、子供の学資保険やお年玉を貯めていた貯金を解約させたこともあった。
子供が学校にあがると、会社に常勤してなれない会計事務や、出荷作業など業務に関係なく会社のために働らかせた。
でも、自宅の家事は決して手を抜かなかったので、体が休まる間がなかったに違いない。
会社が大きくなるに連れて、豊かにはなったけれども家族で過ごす時間は少なくなっていった。
挙句の果ての倒産である。
元妻を振り回しただけの結婚生活だった。
ジェットコースターに乗せた様な人生を強要してきたが、それをもう一度繰り返させる気にはなれなかった。
実家で、不自由なく穏やかに暮らしている元妻は、そっとしてあげたかった。

紗希が泊まりに来るその日、秀雄は道東にいた。

『今、帯広』

携帯電話からのメールは馴れていないのでやりづらい。
部屋の鍵は、郵便受けの底に、テープで貼り付けておいたから、勝手に部屋に入っていて。

『ありがとう』

じゃあ、早速秀雄さんの部屋に行かせてもらいますね。
お台所・お風呂・おトイレ、ピッカピカに磨いておきます。
私へも、携帯の方へメール下さいね。
お仕事、頑張って下さい。

今日は、紗希の手料理で一杯やれる。
きっと、至福の時だろう。
そう思うと、取材にも気合が入った。

帯広での取材先は、小さなパン屋さんだった。
お店の造りは小さいけど、お店の外には行列が出来ていた。
予め、アポイントを取っていたこともあり、店主のご主人も機嫌よくお話をしてくれた。
繁盛のコツは、お客さんの笑顔を見たいために、色々と研究することだと話してくれた。

次に、向かったのは足寄だった。
ここでの取材先は、十勝の牛乳をふんだんに使ったアイスクリーム屋さんだった。
試食に、食べさせてもらったが、こんなに美味しいアイスクリームを食べたのは生まれて始めての経験だった。
しかし、営業の方法が判らないので、販売先は自分のお店と近所のドライブインだけということだった。
こんなに素晴らしい商品がありながら、世の中の人は知らない。
それを伝えることが自分のホームページの使命だと改めて感じた。

この日の最後は、北見の木工所を取材した。
ここの木工所は長い間、観光お土産用の木彫りの熊を手彫りで作ってきた老舗だった。
一時期、一世を風靡した北海道のお土産の定番の木彫り熊が、今では凋落の一途だそうだ。
安い人件費で海外で作られたナショナルブランドの地域限定版にすっかりお土産屋さんでの居場所を奪われてしまったとのこと。

後継者になるはずの息子さんには「この仕事は将来が無い」と、継いでも良いと言ってくれたにもかかわらず公務員の道を歩かせたとのこと。

確かに時代にそぐわなくなった商品ではあるけれども、このまま伝統技術を失うのはとても惜しく感じた。
何かの制度を利用して存続出来る方法はないか調べてみることにした。

それぞれの取材に熱が入り、予定していた時間より大幅に帰りの時間が遅くなった。

「ラストメール」 その三十一 徳満耕史著

翌日から新しく気持ちを入れ替え、雑貨品の卸の仕事と共に、ホームページの作成のためにあちこちに足を運び取材することにも更に精をだした。

紗希は、長い間のストーカー君や変態オタク君からの呪縛から解放され、今までは自由にできなかった女友達との食事やショッピングを楽しんだ
家族と向き合う時間が増えて、この頃、紗希が楽しそうにしている姿に、ご両親もびっくりしている様子だった。

復帰した仕事は、順調に推移していた。
ホームページ製作の為の、取材も札幌近郊に限らず、函館・旭川・稚内・釧路・根室と北海道中を駆け回る様になってきた。

その為、お互いの空いた時間が合わず、あの夜の食事から一ヶ月程経っていた。
メーカーの商品を紗希に目利きしてもらい、お得意先へ卸す仕事も順調に売り上げを伸ばしていた。

紗希が勤めている今のインストラクターの仕事と同等以上の給料を渡せるくらいに収益も上がってきたので、紗希の気持ち次第では新しく事務所を構え、一緒に働いてもらうことも視野に入れるようになった。

『約束、忘れていない?』

お食事の後に約束したお泊りの件、放りっぱなしにされているけど忘れていない?!
今週の週末に泊まりに行っていいかしら・・・

『正直に言うと、俺も待ち遠しかった』

今週末は、道東に取材に行っているけど夜には戻る。
相変わらず、汚い部屋だけどそれでもいいならおいで。
ちゃんと、布団一組買っておいたから

『それは残念』

秀雄さんの腕枕に抱かれて眠りたいと思っていたのに。
でも、勝手に秀雄さんの布団に潜り込んじゃうからいいっか

『あれっ』

この前布団貸したら、臭くて眠れなかったって言ってた人は誰だっけ?

『本当は』

眠れなかったのは、恐くて興奮していたのと、秀雄さんの怪我が心配だったからよ。
本当は秀雄さんの布団の匂い。
少し汗臭い男らしい香りがして大好き。
前の彼は、変な匂いのコロン付けていたの、大嫌いな匂い!

『じゃあ』

じゃあ、紗希除けにコロンまいとくか・・

『意地悪』

そんな意地悪言うなら、あの日買ってもらった下着付けたのを見せてあげないから。

『初めて?!』

あの時、買った下着は付けていなかったの?

『そうよ』

あの時は秀雄さんのトランクスを履いていたままよ。
秀雄さんの物を身に付けていると安心できたから。
それに、お言葉に甘えて、あえて高い下着買ったのは、なんとなく秀雄さんとはお付き合いするかも知れないって予感がしたから・・
だから、新しい下着はもし結ばれることがあったらその時に初めて付けようと思ったの。
変態君になんかには、絶対に見せないわ・・・

『それは知らなかった』

でも、そんな紗希の下着姿見ちゃったら、我慢できなくて襲っちゃうかも知れないぞ!

『それが、狙いなの』

だって、秀雄さん。
私のこと指1本触れようとしないんだもん。
魅力無いのかな??って心配になっていたの・・

『やせ我慢をしていたのを知らないな』

紗希を見て、魅力がないって思う男なんてこの世に居ないよ。

週末、紗希が泊まりに来る事になったが、やらなくてはならないことが山程あり浮かれてばかりも居られなかった。

復帰した以前の仕事も、メーカーさん、お得意先双方とも次第に元にもどりつつあり一人では、こなしきれなくなってきた。

真剣に、紗希に専属で仕事を手伝ってもらわなくてはならないほど仕事の量も増えてきた。
すでにメーカーさんにも、お得意先にも以前から紗希のことは話してあったし、みんなからは、女神ちゃんと呼ばれていたので、即戦力になるのは間違いなかった。

今、自分の歳を考えると、もし紗希と真剣に付き合うとなれば、結婚も視野に入れる必要がある。
紗希に対して恋愛感情を持ってはいけないと考えたのは、やはり歳の差である。
そのために、いつも自分の気持ちにブレーキをかけてきた。

しかし、紗希とつき合うと決めたい以上、早く結婚して紗希の子供も産まないと、どんどん自分は老いてしまう。
年老いた父親だと子供が可愛そうだ。

そして、何より一番大切なのは、元妻や娘の気持ちも十分に考慮しなくてはならないことだった。

「ラストメール」 その三十 徳満耕史著

本心では、紗希と一緒に居たい気持ちが強かった。
これから先また変な男が紗希に近づいて来ないとも限らない。
それならば、自分の腕の中で守ってあげたいと思う。
何より、今聞いた紗希の真摯な言葉に心を動かされた。

「俺も、会社を潰して一からの出直しだし、 紗希も長い呪縛から解放されて新しい人生が始まる時。
一緒に力を合わせて頑張ってみるか」

「本当、秀雄さん?!」

紗希はみるみる目に涙を溜めて泣き出してしまった。
しばらくすすり泣きがが続いた後・・・

「不束な女ですけど、宜しくお願いします」

と、明るく笑っていつもの紗希に戻った。

食事が終わると、同じフロアーのバーに移り、久しぶりに痛飲した。

「秀雄さん、覚えている?
秀雄さんが、九州から何故北海道に来たのか教え!って言ったらもう一晩泊まってもらわないと話せないって言ったのを!
その話、今日聞かせて頂けないかしら?
つまり、秀雄さんの部屋に泊まっていい?」

「まさか今日、紗希と付き合うなんて約束とは思ってもみなかったから、部屋は散らかり放題だし又改めてゆっくり会おう。
今日は色々あったから、俺も紗希も疲れているし、変態野郎から解放されたんだから、家に帰って大の字になって寝たら。
俺も、今日は約束を果たせたからゆっくり寝たい気分だよ。」

「そうね、残念だけど秀雄さんつかれているものね」

「その代わり、北海道に来た理由を簡単に教えてあげるよ」

「いいの!興味津々」

「あまり、期待しないで!たいした話じゃないから・・
高校の最後の記念に貧乏旅行しようと思ってね!
途中、大阪とか東京とか途中下車しながら北上して、青函連絡船を降りて北海道に着いた時は、ポケットに50円しか残っていなかった。
無賃乗車して大沼公園駅で降りて線路を飛び越えて・・・
その夜は民宿に飛び込んだ。
同部屋の人は、北海道大学の学生さんで、卒業論文で駒ヶ岳の生態系を書く調査のために毎日駒ヶ岳に登っているとのこと!
他にすることもなかったから翌日、学生さんと一緒に登らせてもらったんだ。
その時見た景色は忘れられない!
すっかり北海道の景色の虜になってしまった。

その時、学生さんに無一文で泊まっている事を白状したんだ。
すると、翌日の朝、民宿の女将さんから呼ばれて・・・
『学生さんが、貴方の宿泊費全額出すって言うけど、どういうこと?!』って聞かれたんだ。

観念するしかなくて、一部始終話したら、民宿の女将さんが、宿代は要らない上に早く帰って受験勉強しろって帰りの旅費まで出してくれたんだ!
学生さんや、女将さんの気持ちが嬉しくて、東京進学希望だったのを急遽北海道進学希望に進路変更した。
学生さんや、女将さんだけでなく、何だか北海道全体に恩返しがしたくなってね!
当然、九州に帰ってからは、直ぐにバイトして、民宿の宿代と立替えてもらった旅費分は返したよ」

「へー、そんな事があったんだ。
だから、ホームページも北海道のために!ってこだわったのね!
秀雄さんらしいわ・・
でも、昔から無茶苦茶なことをする人だったのね」

「そうかな?
そんなに無茶苦茶なことなんて全然思わないけど」

「普通、高校生が無銭旅行で九州から北海道まで行こうなんて思わないわよ」

「人を、変人みたいに言うなよ!
その変人とつき合いたいって言ったのは紗希だぞ」

「だから、そばに私が居ないとダメなのよ」

「ははは、わかったよ、よろしく頼む。
ちゃんと、部屋を片付けて掃除しておくから今度遊びにおいで」

「わかったわ、残念だけど今日は帰るわ・・
近いうちに、招待してくださいね」

「ラストメール」 その二十九 徳満耕史著

服を脱がせると、赤ちゃんがおしめを替える時のポーズや、四つん這いでお尻の穴が見えるポーズなど何枚かの写真を持ってきたデジカメで撮った。

「変態野郎
紗希が味わった屈辱を少しは感じてくれたかい?
今後、少しでも紗希に接して来たり、ネットで紗希の投稿写真が残っていたりしたら、さっき押収したパソコンや携帯のメールアドレスの全員に、今写した恥ずかしい写真を送ることになるから、気をつけて行動してくれ」

「気を付けるのは、あんたの方だよ。
紗希を助けたつもりだろうけど、大変なことになるよ。
紗希と関わりを持った男で幸せになった奴はいないから。
前のストーカー男は、結婚・離婚して最後は頭がおかしくなって自殺した。
紗希から言い寄られて、その気になって離婚したサラリーマンも一人や二人じゃない。
PCスクールの生徒の童貞の男の子や、おじいちゃんまで紗希にたぶらかされ・・・
この前のレイプ犯だって、鼻の骨を折られて曲がったままになってしまい見られた顔じゃなくなった。
いつかは、僕にも不幸が襲ってくると思っていたけど、それが今日だったんだ。
あんただって、紗希に入れ込むなら気をつけた方が良い。
これだけは、忠告しておくよ」

「確かに、紗希に関わった男性はあまり幸せになっていないのかも知れない。
今お前が言ったことは、紗希から直接聞いて知っている。
でも紗希をそんな女性にしてしまったのはお前らだろう!
自分の事は棚にあげて、すべて悪魔の行状のせいにして責任を逃れようたってそうはいかない。
よく覚えておけ。
今日は、これくらいで済んだことを感謝しろよ」

押収したダンボール箱はレンタカーの荷台に積み、不燃ゴミの処分場に運びその日のうちに綺麗に処分した。
手元に残ったのはレイプ犯から身を守るためのビデオだけだった。

その日は、夕食を一緒にする約束をしていったん別れた。
その夜は、以前良く接待で使っていた高層ホテルの最上階の和食の店で紗希と食事をした。

「こうして、おしゃれしている紗希を見るのは初めてだね。
今までも、綺麗だと思っていたけど、今日は一段と綺麗だ」

「ありがとう、お世辞でもすごく嬉しいわ。
ずっと、ストーカー彼氏から今の彼氏と付き合っている間、こんな雰囲気のあるレストランでお食事したことが無かったから憧れだったの。
それに、今日は長年の呪縛から秀雄さんが解放してくれた記念の日だから、
お昼に別れてから直ぐにお洋服買いに行ったのよ。
普段は、高い服は買わない主義だけど今日は特別。
秀雄さんに一番綺麗な私を見てもらいたくて奮発しちゃった」

「今日の紗希なら大統領でも惚れちゃうかも。
一緒に食事出来るだけで光栄だよ」

「秀雄さん、前の彼と別れたら秀雄さんの彼女にしてもらう約束忘れてないでしょうね。
私はそのつもりよ、迷惑?」

「紗希みたいな若くて綺麗な女性を彼女に出来たら、男冥利に尽きるけどそう簡単にはいかない」

「会社を潰して、色々な人に迷惑かけたのに俺だけが、またいい思いするのもどうかと思うし、別れた妻と娘のことも慎重に考えて行動しなくてはならない。
何より紗希はまだ若いし将来がある。
歳相応の素敵な彼氏を見つけることが、紗希の幸せだと俺は思う。
だから、俺は紗希の幸せな姿を見守っているよ」

「秀雄さん、折角の記念の日に悲しいことは言わないで。
何回も同じことを言うようだけど、歳の差なんて全く関係ないし、お仕事のお手伝いも一生懸命する。
奥さんや娘さんにも解かってもらえる様に努力するわ
だから、秀雄さんの彼女にして下さい」

「ラストメール」 その二十八 徳満耕史著

変態野郎のアパートの部屋に行き呼び鈴を押した。
ドアが開いたと同時に、足をドアの内側に入れ、体を部屋の中にすべりこました。
部屋の主は、いきなり男が部屋に入ってきて驚いた様子だったが、後から紗希が入って来たのを見て状況を理解したようだった。

「こんにちは、変態君。
今日は、紗希と別れてもらいたくて一緒に来た。
素直に言うことを聞けば、手荒なマネはしない。
けれど、抵抗するなら容赦はしない。
俺は、君とは初対面だけど、
君は俺のことを知っている筈だからね」

「貴方の目は本気ですね。
又、悪魔の餌食が一人増えたということですか。
あの男のように鼻を折りたくないので、抵抗はしません。
なんなりとどうぞ」

「まずは、レイプの時のビデオ。
そしてそのコピーしたものがあれば全部出してもらおうか」

このビデオでの証拠は、レイプ犯がもし接触してきた時の盾になる。
レイプ犯が脅迫してきても、警察にこの証拠を差し出すと言えば手出し出来ない。
変態君がレイプに関する記録ビデオ・DVDを差し出した。
それを、担いできたリュックに詰め込んだ。

紗希に、用意してきたダンボールに、部屋にあるレイプビデオ以外のあらゆるビデオカセット・DVD・USB・CD・フロッピー・デジカメ・外付けHDなどの全ての記録メディアを詰めるように指示した。
おびただしい数のビデオやDVDは段ボール箱10個ほどにもなった。

変態野郎は、紗希に関係のない仕事やプライベートの大切な資料もあるから全部持っていくのは止めて欲しいと懇願した。
しかし、いちいち中身を確かめているヒマはないし、今までにしたことを考えれば、これ位の犠牲は当たり前だと一蹴した。

記録メディアをすべて押収した後はパソコンだ。
まずは、メールソフトを立ち上げて、変態野朗のメールアドレスのデータを自宅のパソコンに転送した。
送受信記録をすべて削除した。
さらに、変態男の携帯電話を取り上げ携帯電話に登録されているメールアドレスをSDカードに移し押収した。
更に、パソコン同様送受信記録をすべて削除した。

パソコンのデスクトップに堂々と、投稿サイトのURLをまとめたファイルを収めたフォルダがあった。

「変態君、ネットを立ち上げてくれるかな。
立ち上がったら、紗希の写真や動画を投稿しているサイトを全部開いてもらおう」

サイトをひとつひとつ開いて、投稿されている紗希の写真や動画をすべて削除した。
これには、かなりの時間を要した。
否応なしに、紗希の写真や動画を見なくてはならなかった。

ネットの世界では人気者と言われる訳が理解できた。
清楚で大人しい顔立ちに、透き通るような白い肌。
息を呑むほどの完璧なプロポーションは、男なら誰しも虜にされてしまう魔力を秘めていた。
女神のような姿の女性が、あわれもない淫らな姿をさらしているのである。
男たちには垂涎の的だろう・・・

投稿サイトの写真と動画をすべて削除し終えると次はパソコンの中だ。

「紗希、パソコンを初期化してくれ」

変態君の顔色が変った・・
多分、隠しフォルダがあるのだろう。

「秀雄さん、初期化終わったよ。
このパソコンは、買ったばかりの時に戻ったわ」

念のために、ハードディスクは抜き取って没収した。

部屋の隅々まで探して、他にパソコンはないか、携帯はないか、デジカメはないか、ビデオはないか探したが、他には何もなかった。

長い間、紗希をクサリのように縛っていた元凶はすべて解かれた。
変態野郎は、声も無く床にへたり込んでしまった。

「変態君、休むのは早いよ!
悪いが着ている服を全部脱いでもらおうか」