ふるさとは遠きにありて思ふもの

大河ドラマ「西郷どん」

先日の還暦同窓会では、現役の後輩がブラスバンドでテーマソングを演奏してくれた。
さぞかし地元では盛り上がっているだろうと思いきや・・・

「大河ドラマを観てる?!」と地元の人に聞くと、意外なことに観ている人は少なかった・・
そんなものなのか?

逆に、鹿児島以外の土地に住み、今回帰郷してきた人に聞くと、ほとんどの人が観てると。
郷土愛は離れているほど強くなるのかもしれない。

それにしても、幕末から明治にかけての「薩摩人」の活躍は奇跡といっても過言でないと思う。
司馬遼太郎に「明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなものである」と言わしめさせたほど、狭い町内からとんでもない人材を輩出した。

西郷隆盛・大久保利通・税所篤・吉井友実・伊地知正治・村田新八・篠原国幹・西郷従道・山本権兵衛・大山巌・黒木為禎・東郷平八郎

西郷どんは誰でも知っていると思うけど・・
*大山巌は、日清戦争では陸軍大将として第2軍司令官、日露戦争では元帥陸軍大将として満州軍総司令官を務めた。
*東郷平八郎は、日露戦争では連合艦隊司令長官を務め、日本の2倍の艦隊を有するロシアに圧勝した。
陸・海軍の大将が加治屋町から出ている。

わずか千人の程の町内からこれほどの人物が現れるとは天の采配としか思えない。

戦国時代から「島津家」は鬼島津と呼ばれ「戦国最強」と言われ規格外の強さを誇っていた。

・・が、諸行無常・栄枯盛衰・盛者必衰のいわれの通り、今の鹿児島は単なる地方都市のひとつになってしまった。
過去の栄光を誇りに思うのはいいけれども、それにすがってはダメだね。

いつの日かまた、鹿児島が光を放ち日本をリードする日がくることを願いたい。
自分らの世代では成せなかったけれども、これからの世代の「薩摩隼人」に夢を託す!!

「ラストメール」 その二十五 徳満耕史著

「さすが下ちゃん、どうしたらそんなに売れ筋だけ選ぶことが出来るの?!
下ちゃんが選んで送ってくれた商品は本当に良く売れるよ。
売れなかったら店員さんにはっぱをかけなくちゃならないって思っていたけど、全然、普通に売れてるからびっくりしてるよ」

「それは良かったです。
実は、売れたからお話出来ることですが、久しぶりに仕入れに行って全然何が売れる商品か判らなくて、その日は何も仕入れ出来なかったのです。
たまたま知り合った女性に、メーカーさんで撮った商品の写真を見てもらいました。
大変無責任ですが、今回はその女性が選んだ商品だけを仕入れしました。
ですから、今回は売れた商品は僕の選んだのではなく、その女性が選んだ商品です」

「へぇー、その女性うちの店で働いてくれないだろうか。
でも下ちゃん、そんな女性と知り合えたこと自体、運が向いてきたんじゃない」

それ以来、他のメーカーさんの商品も全部紗希が選んだ。
お得意先にもちゃんと紗希が選んでいることは正直に話して了承してもらっていた。
紗希が選ぶ商品は、よく売れるので、メーカーさんにも、お得意先にも、喜んでもらえた。
また、自分に入る収入も、少しづつ増えてきた。

紗希にも、バイヤーとしての報酬を振り込むから、銀行の口座番号を教えてくれと頼んでも、頑として受け取ろうとせず、口座番号は教えてもらえないままでいた。
しかがないので紗希に内緒で郵便局に口座を作り、そこに貯金する事にした。
その通帳と印鑑は折をみて紗希に渡すつもりでいた。

最近、感じることがある。
会社が潰れる前は、一日、一週間、一ヶ月、一年の単位でいつも売り上げを比較して一喜一憂していた。
右肩上がりで業績が伸び、社員も日を追うごとに増えて行き、倒産前は名前を知らない社員もずいぶんといた。
社員が会社を支えていると言う気持ちはだんだん薄くなり、会社を動かす歯車の一つだと無意識に思っていたかもしれない。

自家用車も、最初は国産の中古車だったのが段々と大きな車に変り、外国の高級車に乗る事がステータスだと勘違いする様になっていた。
しかし、実際に乗ってみると何の感慨も無くまた次の車を欲しがった。

住んで居る家も、狭いアパートから、小奇麗なマンションに移り、次に分譲マンションも手に入れた。
マンションは、狭いし騒音も気になるからと、高級住宅地に一軒家も建てた。
仕事の内容も、汗をかく仕事はしなくなり、商品の仕入れと資金繰りが主な仕事だった。
夜は、お得意先や同業者などと共に食事をすることが多くなり、家には寝るだけのために帰っていた。

休日は、家族と過ごすことが少なくなり、ゴルフや視察と称した国内外の旅行に出かけることが多くなった。
しかし、金銭的には豊かになっても心から幸せだと感じたことはなかった。

というより、常に余裕がなく前に突き進むことしか頭の中になかった。
少しでも売り上げが落ちれば、幹部の社員を叱責した。
倒産の前の数年間は、資金繰りが苦しくなり、融資元の銀行との関係はギクシャクしだした。

グリーン・ハウスの業績悪化に伴い、受取手形の決済日までの日数が増えて、決済日前に割引せざるを得なくなってきていた。
将来を考えると、不安で眠れない夜も多くなった。
明るい雰囲気が自慢だった社風も、段々と社員から笑顔が消え、中堅社員が辞めていった。

それまでは考えられないことだった。
そしてグリーンハウスが倒れた時、秀雄の会社の灯も消えた。

歓喜

一週間前の今日。
まだ鹿児島に居たのだが、地元で嬉しいニュースを聞いた。
鹿児島ユナイテッドFCが、来季J3からJ2に昇格するという!

ただ、反面「ようやくかあ~~」という思いもある。

鹿児島は高校サッカーでは優勝経験もあり、全国でも強豪県といっても過言ではないと思う。
鹿児島県出身のプロサッカー選手を見ても、現代表の絶対的エースの「大迫選手」を始め、前代表の司令塔「遠藤選手」他、稲本潤一、松井大輔、前園真聖、城彰二など、名選手を輩出している。

にもかかわらず、福岡に後れをとるのは仕方ないと思う反面、佐賀(鳥栖)や大分、長崎に後れをとったのは、やはり少し悔しい。

まあ、色々な事情があったのかも知れないが、ともかく来季はJ2で暴れて欲しい!!
そしていつかJ1に上がって、コンサドーレと優勝を争って姿を俺が死ぬまでに一度は見せて欲しいと切に思う。

教訓

数年前の大衆食堂の駐車場でのこと。
通路をバックしていたら、停まっていた車がいきなり俺の進路へ動き出してきてぶつかった。

あわてて車を降りて、相手のドライバーをみると頑固そうなじいさんだった。
過失割合は俺が2で、じいさんが8ってとこかなと俺は思っていた。
ひょっとすると、0:10もありえると・・・

とりあえず「スミマセン、お怪我はないですか?」と声を掛けて、2台の車は邪魔にならないところに停め、それぞれの保険屋と警察に電話。

俺の保険屋の見立ても2:8くらいでしょう!とのこと。

ところが、警察が来て検分しだしたら、じいさんの言い分が豹変。
自分が先に通路に出ていたら、俺が後ろも見ずにぶつかってきたと・・・

その証拠に「スミマセン」と謝った!と・・・

ハア~~~~~~ッ・・・・

じいさんは逆に10:0を主張。
結局、保険屋同士では話がまとまらず、裁判へ。

・・で、今度はじいさんが首が痛いと言いだした。
物損事故を人身事故に切り替えたいと・・・

で、後日再度、警察の検分があった。

警官も苦笑していたけどね・・・一応人身にしたいと申し出上がればやらざるを得ないそうだ。
一応、検事には上げるけど心配はいらないと思うとその時に言われていた。
当然、罰金も減点もなく刑事・民事罰はなし。

裁判はというと、一度出頭して尋問を受けて、保険屋も保険屋が雇った弁護士も間違いなく2:8だろうと思っているが、向こうが納得せず示談が成立しないとのこと。
結構、長いことやっていたみたいだけど、ある時、保険屋から電話があって「これ以上長引かせても意味がないので、5:5で示談しようと思うのですがどうでしょう?」と。

別に俺は自分の懐が痛むわけでもないし、翌年の保険料が上がるのは、2:8だろうが5:5だろうと同じなので、金を出す保険屋さんがそれでも良いというならこちらが口を挟む必要はない。

・・で、解決したのだが、教訓。
*世の中には常識が通用しない人もいるということ!
*ゴネ得もやはりあるんだ、ということ!

どっかの国も、このじいいさんに良く似てるぜ!

年齢

年齢って、生まれた日から今日までの単なる日数であって、老化の基準ではないと、今回の同窓会でつくづく思った!

大袈裟な言い方をすれば、40年前の容貌とほとんど変わらない人もいれば、恩師(?)と思うほど老けてしまった人もいた。

何故、こうも違うのか?
もちろん体質もあるだろうけど、その人の「考え方」が風貌を創り出して要るんだと思う。

いつまでも若く健康で綺麗でいたいと強く思う人は、日々の食事や生活習慣を、自ら律して過ごしているんだろう。
逆に「諦めてしまった人」は、それなりになってしまう!

60歳と言えば、競馬に例えるなら4コーナーを回り最後の直線に向かうところ。
すでに、競争を止めてしまった人もいれば、楽々先行逃げ切りの人もいるだろう!
馬群に埋もれて抜け出せない人も・・・

俺?
馬群から離れてポツンと最後尾を走っているが、まだ勝負を諦めたわけじゃない。
末脚が爆発して後方からの一気の追い込みを掛けられるだろうか?

骨折して落馬にだけはならないようにしよう!!

帰郷

還暦同窓会へ出席のため、22日~26日 鹿児島へ帰郷していました。
そこで改めて思ったのは・・・

持つべきものは財産でも、地位や名誉でもなく「友と故郷」だということ!

胸襟を開ける友がなく、帰る故郷もなければ、いくら富があっても心豊かな日々を過ごせず寂しい人生だろう!

遠く・長く離れていても、何一つ変わらないのが友!